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納島正弘の世界に僕が共鳴する部分の一つは、その「森に消えたい」という衝動である。
本人は、「わしゃあそんなことは思っとらんけ」と否定するやもしれん。
しかし、本人がどう言おうと、彼はきっと「森に消えたい」のである。
これは「逃げ」ではない。「脱出」である。
文明社会からの。あるいは、日々の責任や営みからの、である。
しかし決して「逃げ」でそう思っているのではないから、結局彼はそうしない。
また僕もそうしない。
これは重要なことである。
そうしないことがではなく、そうしないにもかかわらずそう思いつづけていることが、だ。
彼のいい意味の「健全性」はここにあり、今回のコラムもそれを物語る。
それにしてもスナフキンは、本当に格好いい。彼は本当に「森に消える」のである。

【其の三:懲りない釣り師であること】


やれやれ、「今日も・・・」なんてタイトルつけちゃたおかげで、コラムが始まってからというもの本当に釣れなくなっちゃた。

前回の「東作」で買ったチヌ竿にコーディネイトするために、木駒リールにわざわざ漆までかけて(こんなことばかりにエネルギーを費やす)ニタニタして波頭に立つが海タナゴしか乗らず、スズキがルアーで好調と聞き、サイズオーバーなルアーばかり持っていって、カメラマンは
「それじゃあ、マッチ・ザ・ベイトじゃないよ、トップウォーターなんかにゃ来ないよ。
コラムのネタに不自由しないね。」
とカンラカンラと高笑いしながら40cmオーバーのスズキをクーラーに押し込んでいる。
今夜もM画伯とイカを釣りに行ったけど、仲良く討ち死にする始末。

それでも、去年はまだ、人が釣ってなくても私一人が入れ食い状態の場面が幾度かあったのだけど、この春あたりからどうもいけない。

人は自分の釣自慢を仕掛けだとかポイントだとか釣果だとかで紹介するが、自らの沈澱ぶりを公表するめでたい輩もそうはいないだろう。

一匹釣れるか否か、その一とゼロの格差は大変大きいと開高さんは書いていた。釣れるにこしたことはない、でも釣りそのものの行為で日頃のストレスを発散できる私にとって釣果は二の次なのである。

私の敬愛する釣人は先の開高健とムーミン谷のスナフキンで、開高さんに関してはまた後程触れるとして、釣り師としてのスナフキンが私の理想である。
釣魚を日々食の糧としているようでもなく、〜♪雨にぬれたつ、おさびし山よ〜♪なんて歌いながら、ビバーク(野宿)道具を傍らに淡々と釣糸をたれる(あのスタイルがこれまた良いじゃあ〜りませんか)。

彼が爆釣しちゃって、ウハウハ状態でムーミンたちの相手をする暇もないなんて場面、見たこともない。
ひたすら、瞑想するがごとく浮子を見つめているんです。

あ〜私は、スナフキンのようでありたい。

合掌


●久々にムーミンたちとスナフキンにあいたい人に http://www.moomin.co.jp/

●粋な釣人を目指す人へ「Fishing Cafe」 http://fishing.shimano.co.jp/


納島 正弘
E-mail: beagle@orange.ocn.ne.jp
Website: http://www1.ocn.ne.jp/~hound/

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