ヨーロッパほどに舞い落ちる枯葉とコートの似合う国々はないのかもしれない。

今回のワルシャワ・スケッチを読んでのファースト・インプレッションである。

編纂者は執筆者の原稿を真っ先に読む特権に恵まれているが、

今回のような、上質な紀行文にして第一級の地政学コラムでもある文章を読む時には、

物書きの隊伍の一人であることの幸福感が滋味の如くに心に満ちてくる。

さて、そういう、第5号目…。

第五回:秋、黄金の風景

  あっけなく夏は終わった。太陽の光は芯が抜けたかのようにすっかり柔らかくなり、秋の匂いは日に日に深まる・・・。


 ワルシャワの街には、そこだけ取り残されたかのような、緑の密度の濃い空間が点在している。家の近くに、会社のそばに、バス停の隣に。ワルシャワ市民は、朝な夕な、そんな小さな自然のそばを通り過ぎながら、季節の移り変わりを実感する。

 今の季節なら、淡い水彩画のようなこんもりとした木々と、その下をなだらかに覆う薄黄緑の芝が見られる。見上げると黄色く染まった木の葉もちらほらと目に付く。それらが舞い落ちると、芝の上に明るい柄が出来上がる。

 これですよ、これ。この木の葉が、さらにもうしばらくすると、一気に輝くような黄金(こがね)色に染まりあがるのであります。

 この変化は、実に劇的だ。春のある日、新緑が一斉に吹きだしたときのように、街路樹は突然、鮮やかな黄金色に染まる。

 ポーランド人は、これを誇らしげに「黄金(おうごん)の秋」と呼ぶ。

 なら、ぶな、銀杏。ポプラに、菩提樹に、サクラに、ヤナギ。これらの雑多な老木たちが、無数の葉を密集させたその分厚いかたまりを黄金(こがね)色に染めるとき、淡く青い秋の空はどこまでも高く、そこに絵筆ですっと描いたかのような細い雲が幾筋も泳ぐ。

 柔らかい芝の緑、並木の黄金、背景の淡い青、そこに流れる雲の白。この、悲しいまでに美しいコントラスト。自然の生み出す芸術には、思わず息を呑む。

 ひらひらと舞い落ちる枯葉の下を、コート姿のポーランド人が足早にそそくさと行き過ぎる。恋人たちはベンチでひとつのシルエットを作り出す。砂利道を歩く僕の足元では、重なり合った枯れ葉がかさかさと囁く。

 ひんやりした風が首筋をなでていき、肌がきゅっと引き締まる。心がきゅっと引き締まる。寂しさが身体を突き抜ける・・・。


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 9月23日、日曜日。秋分の日。
 この日、ワルシャワは優しい太陽の光に包まれた。穏やかに晴れ、静かな秋の一日(いちじつ)がゆっくりと過ぎていった。そんな中、ポーランドでは国会議員の総選挙が実施された。
 投票率は、46.29%。僕はここに、ポーランドの抱えるひとつの根深い問題が表れているように思えてならない。

 現在、ポーランドはとんでもない額の財政赤字を抱え、大問題になっている。その上失業率は上がり、景気は後退し、インフレは相変わらずだ。しかもそこへ持ってきて、先日米国でショッキングな巨大多発テロがあった。NATOに加盟し、アメリカよりのスタンスを維持するポーランドにとって、今後の動きは気になるはずだ。

 僕は、窓の外の初秋の景色を眺めながら、この国のたどってきた苦難に満ちた長い歴史を思い、この国が今直面している状況を思い、今回の投票率を思い、そして最後にこの国の未来に対して複雑な思いを抱くのである。

 ポーランドはどこに行くのか。穏やかな秋分の日に行われた選挙は、この国に穏やかな未来をもたらすのか・・・。

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 黄金色の街路樹のトンネルを、そのまま歩く。
 春には若葉が街路を飾り、秋には黄金色が街路をうずめる。悠久の昔から繰り返されてきた自然の営みだ。同じことを、飽くことなく繰り返す。ただ、繰り返す。

 それに比べると、人間の営みはなんとまあ打算や我欲に満ちていることか。どんな国も、政治や宗教や経済の狭間で波乗りをしている。

 そして僕たち市民は、そんな国や世界の行方を気にしながらも、日々生きるので精一杯だ。平凡な毎日を繰り返し、愚痴を言い、そこに潜む美しさには気付こうとしない。

 路傍に積もった銀杏の上を歩きながら僕は、来年もまたこうして銀杏の上を歩くのだろうかと、ふと考える。季節が巡り再び銀杏の上を踏み締めるとき、ひとつ歳を重ねた僕は、少しの焦燥感と胸の痛みを伴って、今の自分を思い出すのだろうか。

 秋は、こんな物思いに耽るのにも、ちょうどいい季節である。



勝 瞬ノ介
E-mail: gustav3@excite.co.jp
Website「ワルシャワの風」: http://www.geocities.co.jp/WallStreet/5223/
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