新年となり、もはや大寒も過ぎた。
日本の場合これから一年で一番寒い季節が到来するはずである。
さて、ポーランドは?
ただ想像するしかないのだが、凍て付く寒さというような生易しい表現では足りないぐらいの寒さであろう、としか言いようがない。寒さや暑さというものはまさに体で知るしかない種類のものだからだ。

しかし、雪となると、寒さよりもむしろ実感度は高くなる。
目から入る情報が思いの中でイメージの結晶を作っているのが雪だからだ。
だから東北や北陸や北海道生まれでない僕にも、雪は冬のロマンチシズムの象徴だ。
いやむしろ雪の恐ろしさとも対面せざるをえない北国生まれでないからこそ、美しい銀雪への思いはつのるのかもしれない。

それでは、遥かポーランドの雪の降る街へとご案内いたしましょう。


第八回:雪の風景


 ポーランドの冬と言うと、『雪に埋もれた凍てつく大地』というイメージだろうか。確かに、北国だけに冬は厳しい。

 でも、ポーランドの冬も年々寒さが緩みつつあるようで、二十年程前にポーランドに留学をされていた方と先だってお会いした際には、こんなお話も伺った。
 「当時授業で、ポーランドは温暖で過ごしやすい気候だ、なんていうのを聞いて、『こんなに寒いのに、なーにが温暖なもんか』と思ったけれど、最近は地球の温暖化のせいか、ポーランドの冬も確かに過ごしやすくなってきたようですね」

 ところがこの冬は一転、ポーランドらしい冬となった。寒さは厳しく、雪も実によく降る。各地ではずいぶんと被害も出ているようだ。

 雪が降ると何かと不都合が生じる。筆頭に挙げねばならないのが、まず渋滞。それでなくても、ここ数年で車の数がどっと増えたせいか、ワルシャワ中心部及び周辺の幹線道路の幾つかでは朝夕のラッシュ時にひどい渋滞が起こると言うのに、その上雪が、しかもちらちらと舞うような生易しいやつではなくて、視界をさえぎるほどの吹雪が吹き荒れたら・・・どもならん。道路はどこも、血栓の詰まった血管のごとく、機能障害に陥る。

 雪かきも大きな負担だ。ポーランドの場合、自分の家の前の道まで雪かきをしなくてはならない決まりがある。これがなかなか馬鹿にならない。
 僕はあまり雪の積もらないところで育ったので、最初はこの雪かきにひどく苦労した。とにかく要領が悪いので、ひどく時間が掛かる。汗だくになる。筋肉痛になる。腰痛になる。一度など、雪かきの後に熱を出してしまったこともある。けれど、こんなに苦労して雪をかいても、激しいときなどは十五分もすればまた積もってしまう。このときの落胆を想像して欲しい。

 ちなみに、僕は三度目の冬に、雪かきの極意を会得した。それはズバリ・・・「積もる前に掃く」、これである。
 雪が何センチもずっしりと積もってから処理しようとするから大変な訳で、路上をうっすらと覆った状態のときにさっさと竹箒で掃けば、雪かきなどほんの数分で終わる。うん、素晴らしい真理だ。
 え? 日がな一日、窓から外を眺めていられる暇人はお前ぐらいだって? 仰るとおり。だからこの極意は、ほとんどの人にとって何の役にも立たない。だははは。

 とまあ、僕はかくのごとく、雪が降るとどうしても身構えてしまうのだけれど、さすがにポーランド人たちは慣れているせいか、雪との付き合い方が自然だ。彼らにとって雪とは、決して対決するものではなく、共に冬を過ごす仲間なのである。雪のない冬など、彼らにとって考えられない。それは冬ではない。
 もちろん、彼らだって雪が降ったとなれば、それによってもたらされるマイナス面をあれこれと思い浮かべるに違いない。しかし、マイナス面を熟知しているがゆえに、その美しさにも、ひときわ惹かれる。

 綿のようにふわふわと、優雅に舞い降りてくる雪。街灯の下にさらさらと、ひたすら積もっていく粉雪。嵐のような激しい吹雪。これらの雪を見つめる彼らの頭にあるのは、雪かきや渋滞のことばかりではないはずだ。
 雪の後の晴れた日。きらきらと輝く雪の表面は、思わず見る人の足をとめる。朝のうちは空の青を映し、夕方には淡いオレンジ色を映し出す。そして彼らは今日もこの街で暮らし、無意識のうちに何かを感じる・・・。

 さて、最後にもう一つ、雪の嫌な点を。
 雪が解け始めると、アスファルトの上は泥混じりのシャーベットでべチャべチャになる。これが実に鬱陶しい。でもこれで寒さも峠を越したかな、などと思っていると、しばらくして再び純白のベルベットが全てを覆い隠す。冬の間、そんなことが何度も繰り返される。

 だが、あるときふと気がつくと、バス停の横や交差点の辻に積み上げられていたどす黒い雪の山は、いつの間にか消えている。そしてその跡では、かつての名残が太陽の光を眩しく反射しているだけとなる。
 人智の及ばない、巨大な流れ。

 季節は巡るのである。

勝 瞬ノ介
E-mail: gustav3@excite.co.jp
Website「ワルシャワの風」: http://www.geocities.co.jp/WallStreet/5223/
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