今月から毎月1回の予定で、ポーランド在住の勝瞬ノ介氏に寄稿していただくことになった。
これはカントリー・オンライン初のヨーロッパからのリアルタイム記事である。ニューヨークにははしもとひでと氏がおり、これで欧米には一応ネットワークができたと言うべきか。

それにしても、ポーランドである。
古くはショパンの生誕地、最近の記憶は「連帯」のワレサ委員長だろうか。
かつての東欧共産主義圏のこの美しい国は、日本からは依然として遠い国だ。
2年前にそこに移住した勝氏は、マイクロソフトネットワークのMSNジャーナルに「ポーランドを読む」と題する10回の連載記事をもつプロのコラムニストである。
しかし、今回の寄稿依頼の際のメールでのやり取りでは、「私はジャーナリストではありません」。
正直で謙虚な人と思う。
連載を通して、「ポーランド人の生活や家族、余暇、価値観なども、ひとつの風景として書いていきたい」と伝えてきた勝氏。非常に楽しみだ。

さて、これ以上に長すぎる紹介は蛇足だろう。
「ワルシャワ・スケッチ」by 勝 瞬ノ介 その第一回をお楽しみいただきたい。


第一回:「初夏の風景」


何の因果か、僕はポーランドで暮らしている。
 ほんの数年前まで、まさか自分がポーランドで暮らすことになろうとは夢想だにしていなかった。それが今、三度目のワルシャワの夏を体験しようとしているのだから、人生とは不思議でもあり、面白くもある。小さな偶然が新しい出会いを生み、そしてそれが人生を思わぬ方向に導いていく。「本当に、偶然なのだろうか」、ふとそんなことを考えることがある。

 さて、今回から数回にわたってワルシャワのスケッチを皆さんにお届けしようと思う。これも、言ってみれば一つの小さな出会いだ。ただし、この出会いがどのように発展していくかは、分からない。分からなくていい。分からないから、純粋でいられる。

 ポーランドと言っても、多くの方にとってはピンと来ないだろう。日本とポーランドは、物理的な距離はもちろん、いろんな意味でもまだまだ遠い国だ。直行便もない。日本とポーランドの間には、海と、広大な凍てつくロシアと、そしていくつもの深い深い森が横たわっている。実に遠い・・・。
 そんな遥か彼方の異国の地では、どんな風景が広がっているのか。どんな人たちがどんな暮らしをしているのか。考えただけで、なんともわくわくするではないか。
 ということで今回はまず、ワルシャワの初夏の風景をお届けしよう。

 今、ポーランドは一年で最も美しい時を迎えている。眩しい空、爽やかな風、そしていつまでも沈まない太陽。僕もこのときばかりは、ここで暮らしていて良かったと思う。

 ワルシャワはポーランド最大の都市だけれど、意外にも緑が豊かだ。高い場所からこの街を見下ろすと、もこもことした緑の大海原から、ビルがタケノコよろしくにょきにょき突き出している。
 
 ワルシャワ市民ご自慢の旧市街は、そんなワルシャワのど真ん中にある。中世の面影を残す、情緒あふれる一角である。とは言っても、この旧市街、すべて戦後に復元されたものだ。
 ワルシャワの中心部は、第二次世界大戦中にナチスによって徹底的に破壊された。ところがワルシャワ市民は戦後、自分たちの記憶を頼りに街を元通りに復元したのである。ちなみにその時の費用はすべて市民たちの寄付によってまかなわれたと言う。なんという愛情、なんという誇り。
 石畳の上を、観光客を乗せた馬車が高らかに行く。ハトたちがちょんちょん歩く。広場に出されたテーブルでは、人々がビールのグラスを傾ける。背の高いポプラからは、綿毛が放出されて、雪のように舞う。ごくありふれた一光景、でも、そこにこそ大切なものが隠されている。

 中心部を少しでも外れると更に緑は豊富になり、居住空間と自然が融合している。ちょっと、体験してみよう。なあに、必要なのは、ほんの少しの想像力。行きますよ!
 買ったばかりの自転車で、鬱蒼と生い茂る街路樹の下をすり抜ける。すぐにのんびりとした田園風景が広がる。ずうっと、向こうのほうまで。あちこちで鳥たちが高い声で歌っている。こんもりとした木々は風に吹かれて、葉の裏の白い色をきらきらと反射する。
 自転車を停めてベンチに座ると、木漏れ日が顔の上に降り注ぐ。ふと見上げると、遥か頭上から降りてくる葉擦れの音の大きさに驚く。しかし、その音が心地よい。自然の音は、どんなに大きくても決して騒音にはなりえない。むしろ安らぐ。それに比べて、大都市の路上には、なんと不快な騒音が充満していることか・・。

 ところで先日、知人のセカンドハウスに招かれた。セカンドハウスといっても、たいしたものではない。社会主義時代の政策で、多くの人は郊外に小さな土地を与えられている。ワルシャワの人々は、季節がよくなると週末をそこで過ごし、野菜を育て、花を育てるのだ。
 実はこの知人の別荘、うちから目と鼻の先にあった。もちろん、ワルシャワ市内だ。でも、ちゃんと緑に埋没している。そこで鶏を焼き、知人の子供たちを相手にバドミントンをした。
 すぐに息切れした僕は、ビールを開けて喉を潤し、芝生の上に横になった。青い空を眺めながら、豊かさについて考えた。

 人生に何を求めるか、それは人それぞれ違う。けれど、ほとんどの人は究極的には幸福を望み、豊かさを求めている。豊かさ、豊かさ、豊かさ。
 目には見えない豊かさがある。形のない豊かさがある。数字に表れない豊かさがある。本当の豊かさとは・・そんなことを考えながら、僕はまどろんでいた。
 
 次の日から数日間、僕がひどい筋肉痛に悩まされたのは、言うまでもない。



勝 瞬ノ介
E-mail: gustav3@excite.co.jp
Website「ワルシャワの風」: http://www.geocities.co.jp/WallStreet/5223/
勝瞬ノ介MSN連載コラム「ポーランドを読む」はココ

このコラムの感想はココ

Click here to visit our sponsor