今年もまたこの季節がやってきた。クリスマスである。

一般に宗教アレルギーの強い国民でありながら宗教行事に無頓着という日本人の国民性がこの時期には如実に現われて面白い。

というのもこれだけ世界に浸透したクリスマスだが、聖書中にはこの言葉もこの行事を祝うよう指示する表現も一切ない。またキリストが12月25日に生まれたことを裏付ける歴史的確証もない(むしろ歴史家が指摘する一致した見解は10月1日前後である)。実はこの行事の起源はキリスト教以前の古代ローマで執り行われていたサトゥルナリア祭を2世紀以降にローマ教会がキリストの誕生日として「採択」したことに始まるらしいが、大半のキリスト教徒はこの事実を知らないというのもクリスマスの面白いところである。

とはいうものの、商業主義とメリーメーキングの一大イベント期となった日本のクリスマスとポーランドではかなりの温度差が一部にはあるのだということも、今回の勝さんのレポは教えてくれている。


第七回:聖なる夜の風景


やはりこの時期にこの話題は欠かせないでしょう。はいな、クリスマスでございます。
 クリスマスと言う言葉にはそれ自体、どこかロマンチックな響きがある。銀色にきらめくイルミネーション、ワイングラスの向こうで揺れるキャンドル。そこへ持ってきて、山下達郎の曲なんぞを掛けられた日にゃあ、たまらない。

 国民のほとんどがカトリックであるポーランドにとって、クリスマスは文字通り、一年でもっとも大切な日だ。では、一体彼らはどのようにしてそのクリスマスを過ごすのだろう。やっぱりロマンチックなのだろうか…。

 ポーランド語で「クリスマス」に相当する言葉を日本語に訳すと、「神の生誕」となる。この「神の生誕」、ポーランドでは決して「恋人たちのための甘いひと時」ではない。もっとずっと重い。
 じゃあ、ポーランド人は皆がお祈りをして厳かにイブを過ごすのか、というと、実はそれがそうでもなかったりする。何だい、どっちなんだ。
 いや、つまり、ポーランドでのクリスマスのあり方が、多少変わりつつあるのだ。

 基本的に、ポーランドではクリスマス・イブを家族だけで静かに過ごす。派手ではない。
 準備もほんの数日前にプレゼントを買ったりカードを贈ったりするだけで、家の外壁をちかちかと賑やかに飾ったりはしない。ツリーの準備さえ、イブ当日の12月24日にするのだ。24日に飾って、年が明けてもそのまま飾っておく。

 さて、本来24日は朝から絶食をし、西の空に一番星が出てから、家族揃っての晩餐となる。しかし、食事の前には、必ずある儀式が執り行われる。
 その家の主人が割った聖餅(イエスの肉体に当たる)をそれぞれの家族が手に持った状態で、一人一人向き合って挨拶を交わしていくのだ。そしてそれぞれが相手の幸福を祈る言葉を掛け終わると、相手の持っている聖餅の一部を割りとって自分の口に運ぶ。
 こうして書くとなんでもないようだが、実際に体験すると、感動的なひと時だ。

 料理は主に魚と野菜が中心で、メインの料理は鯉である。焼き物、揚げ物、煮物、煮こごりと、調理法は幾つかある。あまり詳しくは知らない。
 そして、食卓には必ず一つ分、余計に席を用意する。それは、見知らぬ人が食事を求めてドアを叩いたときに、招き入れるためだ。何だか、おとぎ話のようではあ〜りませんか!

 が、しかし。しかし、しかし。これらは、言ってみれば「正統派」である。全てのポーランド人がこのように過ごすわけではない。
 今では、スーパーなどによっては11月の半ばからクリスマスの飾りが出始め、12月に入ったらほとんどクリスマス一色に染まる。売る側は消費を煽り、買う側は消費に走る。ツリーを早々と飾る家もあれば、うちの窓を電飾で派手に飾る家も結構ある。だって、お金あるんだもん! まあ、いいっすけど。

 24日に完全な絶食をする人はほとんどいない。せいぜい、肉類を控えるくらいだが、それさえも気にしない人も多いのではないかと思う。
 これが一番星を気にしている人となると、もっといない。そもそも、家族と一緒に家でクリスマスを過ごすと言うパターンが一部では崩れ始めている。クリスマスから新年までをどこかのリゾート地で過ごす人たちも増えてきた。

 誤解のないように言っておくが、ポーランドの伝統的なクリスマスがなくなったわけではない。きっと、家族で静かにイブを過ごす家庭が今でも一番多いはずだし、24日から25日に日付の変わる真夜中には各教会で真夜中のミサが行われ、多数の人がそれに出席する。僕も一度出席したことがある。そのとき、寒い教会の中で立ち続けながら、彼らにとってのクリスマスが何であるのか、ちょっと理解できたような気がした。
 でも、ここ数年ポーランドを襲った新しい波が、ポーランド人のクリスマスの過ごし方にまで影響を及ぼしていることは否定できない。

 かつて、教会を否定する共産政権のもとで、ポーランド人たちは一年でもっとも大切な日、クリスマスを家族とともに過ごした。家族の絆はイデオロギーによって揺らぐことはなかった。ツリーの下に置かれた色とりどりのプレゼントは、彼らが必死に守ってきた大切なものに他ならなかった。
 今、ツリーの下に置かれた大小さまざまのプレゼントは、その美しい包装で何を包んでいるのか…。

 年が明けてから居間に飾られたクリスマス・ツリーを見ると、どこか寂しげに感じてしまうのは、僕が歳を取ったからだろうか。


勝 瞬ノ介
E-mail: gustav3@excite.co.jp
Website「ワルシャワの風」: http://www.geocities.co.jp/WallStreet/5223/
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